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[15] 橘の花・・・2008(平成20年)7月
08-07-10-15:32

柑橘類の香りは、古代よりよほど鮮烈だったのでしょう。その香しさたるや、他の追随など許さない。圧倒的な存在として珍重された。
ある時はその香の爽やか故に万病をも癒すと考えられ、また邪なるもの悪なるものの進入を遮断する禁断の垣の役割を期待されたりもした。
またその花は、質朴清楚。文化勲章のモチーフでもある花の姿は、比類のない気高さの象徴とも映ってきた。
大方には、こうしたイメージには異論のないところであろうと思います。
ところが江戸時代、あの一種の閉塞社会にあって、
そうした既成の価値観を一刀両断に論じた学者が居たんです。
本居宣長(もとおりのりなが)という学者です。

受験生の頃、よく古典を読まされましたが、元来そうした読書は
嫌いではなかったせいか、ついつい深入りして原典に当たり直さないと
気が済まなくなりました。道草ばかりしていました。
読んでいる内につい面白くなって、試験勉強などどうでも良くなってしまう。
ミイラ取りがミイラに仕立てられてしまうとも言います。
30年以上昔の話ですからもう時効でしょうけど。
こんな調子ですから、兼好法師の『徒然草』などには随分影響を受けました。クールに人生を達観している作者の目線に感服してしまったんですね、単純にも。
それと、本居宣長の『玉勝間』
これがまた誠に論理的な論文集で、徹頭徹尾理屈が貫かれている。ヘーゲル以前に弁証法的にこの世の仕組みを論破している。すげぇなと思いましたね。

その『玉勝間』の中に、禁断の果実「橘」をこき下ろす箇所がある。
本居宣長さんの論理はこうです。
昔から「橘」ほどすぐれた花木はないと言われてきているが、あれは未開な昔の言説に過ぎぬと・・・
今ではほら、蜜柑や柚子や金柑まであるでしょ。よほどバラエティに富んで果実としても優れてませんか。
この例は、昔より今の方が発展して居る証拠じゃないか。
見回してごらん。そんなことなど、まわりにいっぱいある。「昔はよかった」などと無責任に懐旧しているけど、随分スットコドッコイな話じゃないか、てな調子。
だから、と論理は発展するんですね、『玉勝間』では。
だから、このように考えてくると、昔より今が発展しているように、今より未来の方がもっと発展するはずだ。
今より豊かで幸せな未来が待っているのは疑いがないと・・・人類の進歩を確信して居るんですね、彼は。
学生の私にとって、この本居宣長の論理は、まことに衝撃的でした。
何というポジティブな考え方なんだ。
あの時代、人類の知恵の勝利をこれだけ明快に予見した人など、内外を問わず他には知らない。

文化勲章の伝達のニュースを見るたびに、ふと、本居宣長の理屈を思い出してしまいます。
胸に輝く、孤高で侵しがたい美しさに心打たれると同時に・・・


[14] 更衣(ころもがえ)・・・2008(平成20年)6月
08-06-10-15:32

六月といえばやはり更衣(ころもがえ)の季節。
青葉の五月に続き更衣の六月と、夏の爽やかさに期待も膨らむ季節ですね。

さて今月も、この季節ならではの楽しい俳句をご紹介します。
蕉門の重鎮、松尾芭蕉の右腕とも言われた榎本其角(えのもときかく)に、

越後屋に衣さく音や更衣

芭蕉師匠が眉を顰めたくなるくらい洒脱で都会的で、風俗を良く写した一句があります。

越後屋とは、説明するまでもなく現在の三越百貨店で、「現金掛け値なし」の、安売り、切り売り、薄利多売商法で、元禄の江戸の人気をさらいました。
その頃、反物は一反売りが原則。その常識を覆して越後屋は、お客に応じて必要なだけ切り売りした。
お客はあれやこれやと物色して、これをどれほどあれをどれだけと、一反売りの時よりもバラエティに富んだ買い物を楽しめたそうで、かえって「ついで買い」が増えたほど。
手代は店先でこれ見よがしに、お客の求めに応じてあれやこれやと絹や木綿を勢いよくピッと裂いていたそうですな。越後屋では、更衣の季節ともなれば、そんな景気のいい音が絶えることがなかったのでしょう。
今時の風俗を敏感に取り入れて季題を提起したところが斬新で、これも私の好きな一句。

ところで越後屋といえば、私などが敷衍するまでもなく、後の三井財閥の始まりとなるわけですが、その業態は呉服商兼両替商。つまり呉服で儲けたお金を金融取引で何倍にも膨らませていた。上手く考えられたシステムですね。
商売で得た巨利を大事に蓄えて、明治以降も大躍進した。
以前、ある商社を通して、シンガポールの華僑が商談に来たことがありました。
名刺を交換すると、「ミツハラ・カンパニー」という会社。
「おや、日本の会社ですか?」
と尋ねたら、面白い答が返ってきた。
聞けば純然たる華僑資本の会社らしいのですが、日本風の名前、とくに三井や三菱にあやかった「ミツ○○」と言うような名前は、東南アジアなどでは俄然かっこよく映るらしい。
私どもの業界が、よくイタリアやフランスに範をとってブランドや店の名前をひねり出す、いやそれ以上のブランド効果があるらしいのですね。
日本橋の越後屋前で、更衣の繁盛ぶりを取材した其角先生も、
よもや後々、三井の人気が世界に広がっていようとは、
流石に予想できなかっただろうなどと考えますと楽しくなります。
百年企業どころか、次代を切り開くアイデアと野心こそ、
その企業に永遠の命を吹き込むことになるのだと感じ入りますね。

三井家の越後屋さんの話をつい書きすぎましたが、
私ども福井の住人としては、越前丸岡出身の住友家の家祖、
住友政友(すみともまさとも)さんについてもいつか書かなければ
片手落ちになると思っています。

さて、花の話はといえば、紫陽花。
色変わりをする花ですが、夏の更衣の季節にはよくそぐう花。
そして原種は日本産らしいのですが、今日我々がよく見るそれは、
西洋で品種改良された逆輸入の品種がほとんど。
「ミツ○○」ではありませんが、海の向こうでは日本の花の
代表格に掲げられることもあるそうですよ。


[13] 夏草・・・2008(平成20年)5月
08-05-10-15:32

水ふんで草で足ふく夏野哉

五月の声を聞くだけで夏を感じるのは、私だけでしょうか。
冒頭の句、実は江戸時代、大阪で薬種問屋を営んでいた「小西来山(こにしらいさん)」という好事家の一首です。
江戸時代の一句とは思われないほど平易で写実的でしかもかわいらしくて、まるで少年が詠んだように瑞々しいでしょ。私は好きです。
この句には前書きがあって、
「在所めずらしく、あらぬかたまでさまよひまわりて」
と、まるで子供のいいわけのように説明してあって、思わず晴れやかな気分を催します。
田舎歩きがめずらしくて、気がつけば随分あちこちを歩き回ってしまった。すっかり濡れてしまった足を辺りの草でふいた。ただそれだけのことを吟じただけなのに、まるで清々しい夏の空が浮かんでくるようです。
邪心を去って稚心を得た、一種の天才吟だと、私は密かに贔屓しています。

 

 

 

平常心であることの難しさを最近しみじみ感じます。急かず逸らず、ありのままの現実をありのままに受け容れることの尊さ。
凡百はどうしてもどうしても無作為という作為の術に陥りがちです。
20年ほど前にパリへ行ったときのこと。前衛モダンなポンピドーセンターを、話のネタにでもと見物にでかけたときに、折よく、ピカソのドローイング展が開かれていました。
看板に偽りなく、誠に地味な展覧会でした。木炭のデッサンを何枚も何枚も、それこそ描いては捨て拾ってはまた描き、何のためにそのような無為を反復しているのか、門外の徒にはピカソの真意もその展覧会の趣旨も理解しかねました。
しかし殴り描きのようでも流石にピカソ、鍛え上げた線の美しさは隠しようがありませんでした。細勁な線、大らかでたおやかな線、鍛錬の痕跡は素人目にも明らかでした。
後日、その美しい線こそをピカソは捨てようとして、来る日も来る日も、何枚も何枚もデッサンを繰り返していたことを知って愕然としました。
身についてしまった技術が厭わしくて叶わない。
何も知らない子供のような、無心で一途な絵をもう一度描きたいとただ念じて、楽しむことへの一念の希求からドローイングばかりを繰り返していた・・・

ふと思います。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」
漱石先生の『草枕』ではないけれど、ほんに「この世は住みがたい」
開高健先生はこれを「智の悲しみ」と呼んだのではなかったか。
何も足さない、何も引かないことの難しさ。有り難さ。

そうした美意識への憧れが、このところ病のように私の心を疼かせます。
そうしたライフスタイルを、ケイトヤなりの手法で具現化できたら、そんな思いも胸をよぎります。


[12] Fashion finds its heart・・・2008(平成20年)4月
08-04-09-17:03

マリークレールUK版の4月号に特集された「FASHION FINDS ITS HEART」という記事に大変共感しました。
"Today's fashion not only has to be environmentally sound and fair trade, it also has to be sexy and cool."
正確さを期すために原文を抜粋しました。
つたない訳出では正確に伝えられないかも知れませんが、「ファッションはセクシーでクールであるだけでなく・・・」と説き始め、更に今日的な価値観を追加するのかと思いきや、そうではない。敢えて逆の論法をとっている。
まず、「今日のファッションは・・・」と、今までとは違う価値観を高々と宣言するように始まり、セクシーでクールである前提として、環境に優しく、適正な商取引に依っていることは当然ながら・・・と論じ始めている。ファッションたるもの、セクシーでクールである前に、適正で環境に配慮されたものであることは自明であると。
環境汚染や、生産者から搾取するようなアンフェアーな取引を、いわば必要悪のように是認してきたこれまでの経済活動から、ファッション業界はもはや脱皮しよう、卒業すべきだという高品位な意志を表明しているように感じられます。
ちょっとしたエポックメイキングだと思いますよ。これは。
マリークレールは、現象としてのファッションだけでなく、表現意志としてのファションでも次世代をリードし続けようと宣誓した。ファッションは「心」を見いだしたのです。すごい!

これまで私どもの業界は、マーケットインとは言いながら、本当に顧客の心を掴んでこれたのでしょうか。先進的なイメージどおりに次代のビジネスモデルを描いてこれたでしょうか。
私どもも、SPA(製造小売業)というビジネスモデルに手を染めた一時期がありました。いち早く顧客の好みを掴み、どこよりもはやく低コストで生産し販売する。その検証と修正の繰り返しがやがて市場を圧倒するはずだと。でも、どうにも心が通わない。商売とはそんなに単純な算式だったのかしら。
「一気通貫」の金科玉条を奉じて、飽くなき効率を追求したビジネスモデルは、同時に多くの副作用をもたらしたようにも感じています。
こうした手法は生産や販売の現場から夢を奪いました。効率最優先の思想は、仕事に関わる者たちの自信や誇りを無残に奪いました。つまるところそのビジネスの過程で、これまで歴史が育んできた豊かで多様な衣の生産背景や製造技法が、どれほど痛手を受けたことか、また有為な人材をどれほど流出させてしまったことか・・・
方々に無理を強いた末にもたらされる利益など恥ずべきだと、マリークレールは断罪しているようにさえ感じますが、言いすぎでしょうか。

同誌はこの特集記事の中で、"the labels that make you feel as good as you look"という新しいカテゴリーを提唱してもいます。
「見栄えだけじゃなく、心地よくもしてくれるブランド」とでも訳しますか。「見た目も感じもいいレーベル」。
フィールグッド・ブランド・・・FGブランドとでも名付けましょうか。
で、その例としてイギリスの大手百貨店マークス&スペンサーをあげている。この後自社で扱う綿製品には、fair-trade cotton(生産国の農場や工場の労働者に適正な賃金を払って生産してもらう木綿)の比率を増すことにしたと。あるいは工場を全て直営化し、全労働者に「最低賃金以上」の賃金を支払うように就労環境を整え直したジーンズメーカーの例もありました。

適正な条件で生産された商品を正当な価格で提供する。いたずらな価格破壊は、いたずらな環境破壊を誘発するばかりだと、ようやくにして我々は認めた。こうした事実はこれまで我々にとって「不都合な真実」に他ならなかったわけですね。

どうでしょう。
我々送り手も、そしてそれを評価する買い手も、その持ち味や希少性を評価した上で、正当な代価で購う。そしてそのFGブランドのヒストリーや背景までも、まるごと味わい楽しむ。そうした成熟したファッション文化を、そろそろ我がものにする時代が到来しているように感じませんか?この国でも。

古木に群れる桜花の、なお瑞々しいこと・・・


[11] 最後に咲く花・・・2008(平成20年)3月
08-03-10-15:32

「おにやらい」・・・つまり節分の豆まきが済んで立春になったとたんに、福井では雪に見舞われました。
この、勢いよく賑やかに豆を蒔く風習は、まるで冬を追い払うかのような、それまでの鬱屈を一気に弾けさせたい気分の発露のようにもとれる祭りですが、似た風習は遠くヨーロッパにもあるのだそうですね。
子供の童話で『あくまっぱらい』という本でしたか。よく読み聞かせをしていた頃、東ヨーロッパの風俗に題を摂ったそんな物語で、ふと節分の「おにやらい」との類似に気がつきました。
イメージとしては・・・
万物を枯死させる寒くて暗い冬は、古来、東ヨーロッパでは、邪鬼や悪魔の仕業だと考えられてきた。
人は雪と氷に閉ざされた下でじっと雌伏して、そうした冬の悪魔どもが油断する瞬間をひたすら待つ。そしてふと勢力を弱めた隙を突いて一気呵成に打ち払えば、きっと明るく暖かな春を取り戻すことができる。
だから皆で示し合わせて、いざ悪魔払いの日ともなれば家といわず村といわず、冬の邪鬼や悪魔が潜んでいそうな物陰や天井裏、洞穴や暗闇を隅から隅まで激しい音でどやしつけて、すす払いやほうきで小鬼一匹逃すまいと徹底的に祓い清める。そのおかげで皆が微笑む春を迎えることが出来るのだと・・・
確か、そんなモチーフの伝承でした。
耳学問のせいで法螺話のようにもなりますが、我々日本人はロシアのウラル・アルタイ辺りを分水嶺としてハンガリーやフィンランドと遠い祖先を共有しているそうですね。ハングリッシュな曲を聴くたびに、魂が絞られるような哀愁を感じるのはそのせいでしょうか。
おおかたその頃の風習が、東の果てで「おにやらい」となり、西の果てで「あくまっぱらい」になったと考えれば楽しくなります。中国の春節で盛大に爆竹を鳴らす名物行事も、日本の豆まきと同根だと考えれば得心できます。音や礫、火の炸裂によって冬の悪魔を畏怖せしめ退散させたのだと・・・
余談ですが、とある寺では敢えて「福は内」とのみ唱えて「鬼は外」とは唱えないと博愛主義を売り物にしているそうですが、元々の由来を考えるとちょっと違うのかなぁ。豆で鬼を打ち遣って春を迎えるというのが本来の趣旨なのだから。

そうこうして「立春」を迎え、「啓蟄」を過ぎた最近になって、暮に植えた「さざんか」がようやく満開になりました。
庭で一番最後に開いた花。
二人の子供の部屋の目隠しにと植栽したものの、今にも開きそうな
赤く張った蕾にまだかまだかと待ち焦がされて、いい加減疲れてきた頃
に拍子抜けのようにぽつんと一つ花開き、そうなると
間をおかずに次々と耳朶のようにたわわに花をつけました。
確かに「さざんか」は、冬の庭で最後に咲く花なわけですが、
節分の後、庭で先頭を切って咲いた花だと
言い換えることも出来るわけで。冬の一番寒い時期を耐えた分、
むしろ春を謳歌するように真っ先に、十重二十重に
咲き誇る花だと例えても差し支えないわけで。
まるで最後が実の最初。つまり負けるが勝ちと
言い直すことも出来るわけでして・・・

いえね。
なかなか成績の振るわない倅どもになぞらえて
思い入れているわけでも、一向にうだつの上がらない
おのれの昨今を韜晦しているわけでも決してないつもりなのですがね。


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